大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)697号 判決 1958年3月29日
控訴人 中島鉄三郎
被控訴人 国
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人が当審において請求を拡張した、昭和二八年一月一日から別紙第一目録記載の土地明渡済に至るまでの右土地三、九三六坪に対する一坪につき一ケ年金九四円の割合による金員の支払を求める請求及び控訴人が当審において新たに予備的に請求を附加した昭和二〇年一二月一日から昭和二一年九月二七日までの右土地に対する一ケ月金三八九円〇八銭の割合による金員の支払を求める請求を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し原判決添付第二目録記載の建物を収去し、別紙第一目録記載の土地を明け渡し、別紙第二目録記載の金員「原判決添付第三目録記載の期間第一ないし第三項及び昭和二七年一二月一日から同月三一日までの各該当損害金の請求を別紙第二目録記載(1) ないし(3) のとおり減縮し、昭和二八年一月一日から本件土地明渡済に至るまでの一坪につき一ケ月金八円(一ケ年金九六円)の割合による損害金の請求を、一坪につき一ケ年〔(昭和三二年三月八日付請求の趣旨更正申立書に「一ケ月」とあるのは「一ケ年」の誤記と認められる。)金一九〇円の割合による損害金の請求に拡張する。〕を支払え。予備的請求として、被控訴人は控訴人に対し昭和二〇年一二月一日から昭和二一年九月二七日までの一ケ月金三八九円〇八銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、控訴人の右請求の減縮に対し、何等異議を述べなかつた。
当事者双方の主張は、
控訴代理人において「本件土地の貸借は、陸軍省と控訴人先代中島保信との間の合意によるもので、甲第一号証の昭和一八年四月一日付契約の文言は民法上の契約の外形を具有するが、実質上は昭和一六年六月と同年一〇月になされた陸軍省の命令による土地使用の公用徴収である。右契約の借主は、大阪陸軍造兵廠枚方製造所長名義になつているが、貸主中島保信は同製造所長と本件契約を締結する意思はなく、同製造所長の求めにより枚方製造所工員等の宿舎等の建設用地を陸軍省へ借り上げてもらうにつき陸軍省ないし大阪陸軍造兵廠との間に借上契約を締結する意思の下に陸軍省の関係官吏として、同製造所長な借主名義としたのである。すなわち、右契約の当事者は陸軍省であり、枚方製造所長は、陸軍省の行政上の機関として同省に代り借主名義を仮用したに止まる。枚方製造所長は、陸軍省すなわち国を代表して民法上の契約を締結する権限を有していなかつたのであるから、同製造所長が控訴人先代とした契約は民法上の契約ではない。すなわち、昭和一五年四月一日勅令第二〇九号陸軍兵器廠令、同改正勅令第七八七号第八条第一九条(昭和一七年一〇月九日勅令第六七四号陸軍兵器行政本部令附則により同月一五日廃止さる。)、昭和一七年一〇月九日勅令第六七六号陸軍造兵廠令第四条第七条の規定によると、製造所長は陸軍兵器廠に属する造兵廠の所属職員であつて、造兵廠長の命を受け製造所の業務を管理する職務権限を有するのみである。陸軍造兵廠関係の土地に関する契約担任官は、昭和一七年八月一日陸達第五二号陸軍会計事務規程戦時特例第一条第三条第一九条、昭和二年三月三〇日陸達第一四号陸軍会計事務規程(昭和一五年四月九日陸達第一五号、昭和一五年八月一日達第三七号及び昭和一七年一一月一〇日陸達第七七号により改正さる。)第四五条の規定により、陸軍兵器本部会計部長(後に陸軍兵器行政本部経理部長と改称された。)又は陸軍造兵廠会計課長であつて、製造所長は、陸軍省の会計事務につき陸軍大臣の権限を代理して陸軍造兵廠関係の土地に関する民法上の契約を結ぶ権限を有しない。若し甲第一号証の契約書による契約を枚方製造所長が国を代表してなした民法上の契約であるとすれば、無権代理によるものであるから無効とすべきであるが、控訴人は右の無効を主張するものではなく、右契約は、陸軍省の委任により枚方製造所長がなした本件土地の一時借上という陸軍省の行政処分であると主張するものである。当時国家総動員法に基く土地工作物管理使用収用令、陸海軍土地工作物管理使用収用令施行規則が公布され、軍事上の必要に迫られた場合陸海軍はこれを適用することができ、当時陸軍においては、昭和一六年九月一日陸達第六四号陸軍土地工作物管理使用収用規程が制定されていた。しかし、本件土地の借上は、直接軍事上の必要に基くものでなく工員の福利施設等の建設を目的とする間接的なもので、右規定を正面から適用することは不当と認められたから、陸軍においては便宜上契約書の形式で行政処分を行つたのであつて(乙第二号証の如き契約書が成立したのもこのためである。)甲第一号証の契約書は、前記陸軍土地工作物管理収用規程に基く陸軍大臣の行政処分の執行文書であると解すべきである。従つて、民法上の契約に適用のある借地法は、右のような公法上の土地使用についての法律関係には適用がない。仮に甲第一号証の契約が、民法上の土地賃貸借契約であるとしても、陸軍省の右契約上の賃借人の地位を承継した大阪財務局は、昭和二一年五月右賃貸借契約が同年三月三一日限り期間満了により消滅した事実を確認し、賃貸人中島保信の相続人である控訴人に対し、賃貸借契約の更新を申し出たばかりでなく、同年三月三一日までの賃料の支払については、大阪造兵廠残務整理部に交渉せよと申し出た事実がある(甲第一八号証の一ないし四)。右事実からしても、本件土地に関する賃貸借契約は、同年三月三一日限り当然解消したことが明白であつて、以後被控訴人は、本件土地を権限なくして占有しているものである。そこで被控訴人に対し別紙第二目録記載(1) ないし(4) の損害金と同(1) ないし(3) の損害金に対する訴状送達の翌日である昭和二一年一一月二八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。次に、予備的に主張する昭和二一年九月二七日の契約解除を請求原因とする場合、控訴人は昭和二〇年一二月一日から契約を解除した昭和二一年九月二七日までの一ケ月金三八九円〇八銭(別紙第二目録記載(1) の損害金と同額の割合により算出した。)の割合による賃料を請求する。右期間内の賃料につき、昭和二七年五月頃控訴人と被控訴人との間に和解の交渉があつた際、被控訴人から口頭による支払の提供があつたが、控訴人はこれを受領すべきものでないとして、その受領を拒絶したことは認めるが、被控訴人から現実に右賃料の提供を受けたことはない。なお原判決添付第一目録記載の土地は、従前その地目が田、畑又は山林であつたが、右土地の内大字中宮一、七七五番地及び一、一二六番地を除き各筆の地目は宅地に変更されたので、右土地の表示を別紙第一目録記載のとおり変更する。また右一、七七五番地及び一、一二六番地の土地が、被控訴人主張のように買収されたことは認めるが、右土地の現状が宅地であつたものを買収したもので、右買収は無効であるから、控訴人は右土地の所有権を失つたものでない。」
と述べ、
被控訴代理人において、「甲第一、七、八、九号各証に定める契約条項は、決して当時の陸軍省ひいては国の優越した地位を利用して一方的に定められたものでなく、相互の平等の立場を尊重しかつその利益の均衡をも確保した極めて妥当であるというよりはむしろ控訴人に有利な契約である。殊に右契約の当初の原案として被控訴人から控訴人先代に呈示された土地借上契約書(乙第二号証と同形式のもの。)とその後の数次の交渉により控訴人先代に有利に増補改訂された甲第一号証の契約書(第二条、第四条、第七条、第九条)とを比較すると、このことは明白である。以上の点から考えても、本件土地の借入は民事上の賃貸借契約であつて行政処分ではない。次に当時の枚方製造所長は、控訴人先代と本件土地の借入契約を締結する権限を有していたものである。すなわち、この種土地借入契約を締結する権限は、本来陸軍行政本部会計部長(後に陸軍兵器行政本部経理部長)がこれを有していたが、広範な事務処理のため下級官庁にその権限の一部が授権又は委任されていたことは、他の行政官庁と同様であつて、右権限は、右陸軍行政本部会計部長(陸軍兵器行政本部経理部長)から大阪造兵廠会計課長に、更に同課長から枚方製造所長に委任されていたのである。仮に枚方製造所長に本件契約を締結する権限がなかつたとしても、右契約は上級官庁に報告された後工員宿舎等の建物が建設され、賃料の支出の承認及び支出がなされ、その後毎年契約の更新が行われる等幾多の黙示の追認がなされ、殊に昭和二〇年一〇月二三日の決議に基き、被控訴人は同年一一月九日本件土地の賃料を支払い、控訴人先代はこれを異議なく受領している。また被控訴人は昭和二七年七月四日、昭和二〇年一二月一日から昭和二七年三月三一日までの本件賃料を供託し、同日控訴人にその旨を通知している。右の次第で、枚方製造所長のなした本件賃貸契約が無権代理行為であつたとしても、追認により右契約は遡及的に有効となつたのである。次に、本件土地の賃貸借契約は建物所有を目的とした期限の定のないもの(甲第一号証の契約条項第三条の文言は、借地法第一一条により無効であるばかりでなく、会計法を顧慮した国の契約書における例文であつて、当事者の真意に出たものではない。)であつて借地法の適用があり当初の契約は昭和一六年六月になされているから(甲第七号証参照)賃貸借期間は同年六月一日から三〇年間である。控訴人は、本件賃貸借契約が期間満了により消滅し、被控訴人国(近畿財務局)がこれを確認したと主張するが、そのような事実はない。一般に国が当事者である契約において、その所管官庁に変更があれば、必ず契約書を書き改めるよう指示され実行される慣例となつており、甲第一八号証の一に「昭和二一年四月一日以降は大阪財務局と契約を締結して頂く。」というのは、右慣例による契約書の書き替えを意味しているにすぎず、前契約条件の継続を前提としていることは、その文言から明白である。被控訴人は、昭和二一年九月二八日勅令第四四三号地代家賃統制令及び昭和二七年一二月四日建設省告示第一、四一八号(改正昭和二九年建設省告示第三五一号、第一、一三〇号等)により算出した額をその都度供託してきたが、控訴人が予備的に請求する賃料については、昭和二七年五月頃控訴人と被控訴人との間で本件につき示談交渉の際、被控訴人が控訴人に現実に提供したが、控訴人からその受領を拒絶されたので、被控訴人は同年七月四日これを供託した。従つて、賃料の延滞はない。なお本件土地の内枚方市大字中宮、一、一二六番地、同所一、七七五番地の二筆の土地は自作農創設特別措置法により買収され現在控訴人の所有に属していないのに、控訴人は依然この土地に対する請求を維持しているのは、控訴人の請求の独断にして強引であることを物語るものである。」と
述べたほか、原判決の事実記載と同一であるから、これを引用する。
証拠<省略>
理由
控訴人先代中島保信(昭和二一年二月三日死亡し、控訴人が家督相続をした。)が、別紙第一目録記載の土地(その地目及び坪数はもと原判決添付第一目録のとおりであつたが、その後別紙第一目録のとおり変更された。以下本件土地という。)を所有し、その当時の大阪陸軍造兵廠枚方製造所(以下枚方製造所という。)長が、昭和一六年六月と同年一〇月に三回に右中島保信から本件土地を借入れ、昭和一八年四月一日枚方製造所長伊藤保生が、中島保信と右三回の契約を一括更新したこと、右土地上に原判決添付第二目録記載の建物(以下本件建物という)が建設されていることは、いずれも当事者間に争がない。控訴人は、枚方製造所長のなした本件土地の借上は、実質上国家総動員法に基く土地工作物管理使用収用令、陸海軍土地工作物管理使用収用令施行規則陸軍土地工作物管理使用収用規程又は土地収用法による公用徴収であり、従つて行政処分であると主張するが、当時の枚方製造所長が、控訴人主張の法令により本件土地を国の公権力の発動として借り上げたことを認めるに足る証拠はなく、かえつて、成立に争のない甲第一、七、八、九号証、第一一号証の一、二、第一二号証、乙第二号証、弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる甲第一四号証、当審証人伊藤保生、秋吉肇、橋爪広一の各証言を総合すると、昭和一六年二月頃枚方製造所は、同所工員の宿舎と附属設備増設のため、本件土地及びその附近の土地を借り入れることとなり、当時の同製造所長中村一夫は、同所の職員をして各地主に交渉させたところ、控訴人先代中島保信外一名以外の地主は貸与をたやすく承諾し、その土地を借り入れることができたが、中島保信外一名は、土地の貸与を大体承諾しながら、土地の転貸、賃借権の譲渡、契約解除、坪数の増減変更をする場合等の点につき意見の一致を見なかつたので、引き続き折衝を重ねた結果、当時被控訴人国が土地を借り上げる場合の書式は、乙第二号証の土地借上契約書と同形式のものであつて、他の地主との契約条項は右契約書どおりであつたが、控訴人先代中島保信は、右契約条項よりも中島側に有利な「本件土地は枚方製造所が、同所工員の福利施設のために建設する陸軍省直営住宅の敷地及びこれに附随する道路、公園の用地に使用することを目的とし、これ以外の目的に使用することができない(第二条)。同製造所は貸主の承諾を得ないで、賃借権を譲渡し又は第三者に転貸することができない。同製造所が賃借地上に建設すべき家屋その他の工作物は貸主の承諾なくしては撤去しないで第三者にこれを譲渡することができない(第四条)。軍事上その他正当の事由がある場合に限り同製造所は本契約の一部又は全部を解除し又は賃借坪数を増減変更することができる(第七条)。同製造所が本契約土地を返還すべき場合は賃借地上の工作物をことごとく撤去し、何等の請求をすることなく賃借当時の原状に回復する(第九条)。」等の約定で枚方製造所に賃貸することを承諾し、同製造所長中村一夫は昭和一六年六月と同年十月に三回の契約により本件土地を借り入れ同製造所長伊藤保生は、昭和一八年四月一日右契約を一括更新し、契約書(甲第一号証)を作成したこと(右日時に契約をし、契約が更新されたことは前記のように争がない。)右両所長とも本件土地を借り上げるにつき、国家総動員法及びこれに基く法令又は土地収用法による手続をとらなかつたことを認めることができる。そうすると、本件土地の借上は、当時の枚方製造所長が、当時施行されていた国家総動員法及びこれに基く法令又は土地収用法によつて実質上公用徴収をした行政処分ではなく、枚方製造所長が、公権力の発動としてではなくて、控訴人先代中島保信と対等の立場で民法上の賃貸借契約を結んだものであることが明らかである。
控訴人は、本件契約が民法上の賃貸借契約であるとすれば、契約当時の枚方製造所長には陸軍省を代表してこのような契約を結ぶ権限がなく、行政処分としてであれば陸軍大臣を代理して借上をする権限を有していたことからしても、また本件土地の大半が、小作農地であり、農地調整法臨時農地等管理令の適用を受けるにかかわらず同法に定める手続によらないで、強制的に小作人から右農地を取り上げ或いは地目を農地から宅地に変更したことよりしても、前記借上は行政処分であることが明白であると主張するので、この点につき考える。枚方製造所長中村一夫が控訴人先代と前記甲第七、八、九号証の契約をした昭和一六年六月、同年一〇月当時と枚方製造所長伊藤保生が、控訴人先代と前記甲第一号証の契約をした昭和一八年四月当時施行されていた法令をみると前者については昭和一五年四月一日勅令第二〇九号陸軍兵器廠令第八条において、後者については昭和一七年一〇月九日勅令第六七六号陸軍造兵廠令第四条において、いずれも「陸軍造兵廠には廠長、課長、製造所長<以下省略>の職員を置く。」信規定せられ、右陸軍兵器廠令第一九条、右陸軍造兵廠令第七条にいずれも「製造所長は造兵廠長の命を承け製造所の業務を掌理する。」旨規定せられ、昭和一七年八月一日陸達第五二号陸軍会計事務規程戦時特例第一条第三条第一九条、昭和二年三月三〇日陸達第一四号陸軍会計事務規程(その後数回改正され、更に昭和一五年四月第一五号、同年八月第三七号、昭和一六年四月第二八号、同年六月第四二号、同年九月第六五号、昭和一七年一一月第七七号等各陸達により改正さる。)第四五条の規定によると、陸軍造兵廠関係の土地に関する貸借契約の担任官は、陸軍兵器本部会計部長(後者の当時は陸軍兵器行政本部経理部長と改称された。)であることが明らかであり、当時の枚方製造所長は、直接法令に基き本件契約を結ぶ権限はなかつたものといわなければならない。しかし、前記陸軍会計事務規程第四六条は、「契約担任官ハ必要ニ依リ当該官、各所ノ官吏ニ委任シ又ハ他ノ契約担任官ニ委託シテ契約ヲ担任セシムルコトヲ得」と規定しているから、陸軍兵器本部会計部長(陸軍兵器行政本部経理部長)は必要がある場合においてはその有する契約締結の権限を陸軍造兵廠所属の官吏たる製造所長に委任することができることは勿論である。そして、当裁判所の調査嘱託による近畿財務局長佐藤一郎作成の「調査の嘱託に対する回答について」と題する書面、当審証人伊東保生、秋吉肇、橋爪広一(一部)の各証言を総合すると、陸軍造兵廠が必要とする土地の借入契約を結ぶ権限を有していたのは、前記のように陸軍兵器本部会計部長(陸軍兵器行政本部経理部長)であつたが、同会計部長は、本件土地の借入のような比較的重要でない契約の締結については、大阪陸軍造兵廠会計課長に、同会計課長は枚方製造所長に順次契約締結の権限を委任し、当時の枚方製造所長中村一夫、同伊藤保生は、右委任に基き控訴人先代と本件土地の賃貸借契約を締結したことを認めることができる。当審証人橋爪広一の証言中右認定に反する部分は、前掲の証拠と比べて信用できない。そうすると、同製造所長中村一夫、同伊藤保生は、右委任により契約担任官である陸軍兵器本部会計部長(陸軍兵器行政本部経理部長)を代理し、陸軍省(国)のために本件賃貸借契約を締結する権限を有するに至つたことが明らかである。次に、本件土地の契約当時の地目が、田、畑又は山林であつたことは当事者間に争がない。そして、国家総動員法第一三条に基き昭和一六年二月一日に公布された臨時農地等管理令(同年勅令第一一四号)の適用せられる場合には農地調整法の適用が排除されるものであるが、同令第五条第一項は、「農地ヲ耕作以外ノ目的ニ供スル為其ノ所有権、賃借物、地上権其ノ他ノ権利ヲ取得セントスル者ハ農林大臣ノ定ルム所ニ依リ地方長官(農林大臣特ニ定メタルトキハ農林大臣)ノ許可ヲ受クベシ」と、同令第三条第一項は、「農地ノ所有者、賃借人、永小作人其ノ他権原ニ基キ農地ヲ耕作スルコトヲ得ル者(以下権利者ト称ス)其ノ農地ヲ耕作以外ノ目的ニ供セントスルトキハ農林大臣ノ定ムル所ニ依リ地方長官(農林大臣特ニ定メタルトキハ農林大臣)ノ許可ヲ受クベシ」と規定している。しかし、国が農地の所有権賃借権等を取得しようとする場合又は賃借権者たる国が農地を耕作以外の目的に供する場合には、右規定の適用がないから(同令第六条第一号、第四条第一号)、枚方製造所長は、同令第五条第一項及び第三条第一項に定める手続を経ず前記のように委任された権限に基き陸軍省(国)のために、本件土地を賃借し、かつこれを宅地等に転用できるのである。また当審証人橋爪広一の証言により真正に成立したものと認められる甲第一五号証及び同証言によると、本件土地の内、田及び畑の小作人等は当時の緊迫した時局の重大性に鑑み、地主である控訴人先代中島保信に対し離作料を要求することなく小作地を進んで枚方製造所のために提供したことを認めることができる。そうすると当時の枚方製造所長に本件土地の賃貸借契約を結ぶ権限がなく、かつ同所長が農地調整法臨時農地等管理令に違反して本件土地を賃借し、これを宅地に転用し、または強制的に小作人等から農地を取り上げた旨の主張は理由がなく従つてこれ等の行為が私法上の行為として違法であることを前提とし、本件土地の借上が行政処分であるとする控訴人の主張は採用することができない。
本件土地の借上が、前記のように私法上の賃貸借契約であつて行政処分でない以上、右借上が行政処分であることを前提とし、控訴人主張の解除条件の成就により行政処分である借上の効力が当然消滅した旨の控訴人の主張は理由がない。
次に、控訴人は、本件土地の借上が私法上の賃貸借としても、右賃貸借は、枚方製造所工員の宿舎用地に使用することのみを目的とし、宿舎用地としての使用目的の廃止又は不能を解除条件とした契約であるところ、昭和二〇年八月一五日の降伏宣言、軍事施設の廃止によりその目的が終了し右解除条件が成就したから、右賃貸借契約は失効したと主張するので考える。本件賃貸借契約において、枚方製造所が本件土地を同所工員の福利施設のために建設する陸軍省直営住宅の敷地及びこれに附随する道路、公園の用地に使用することを目的とし、これ以外の目的に使用することができない旨の約定がなされたことは、既に認定したとおりである。しかし、右約定は、本件賃貸借の目的が国において建物を所有するにあることを明らかにしたものであつて、(枚方製造所工員宿舎を建築し、これに工員を居住せしめることは契約をするに至つた動機にすぎないと解すべきである。)使用目的を枚方製造所工員の宿舎用地に限定したものでないと解するを相当とし、当初の契約がなされた昭和一六年四月及び同年一〇月頃当時は勿論、右契約が更新された昭和一八年四月当時においても、本件契約の当事者が日本国の敗戦により陸軍省が解体され、枚方製造所が廃止されるような事態の発生を予想して右のような約定をしたことを認めるに足る証拠がないから、右約定を控訴人主張のように使用目的を限定し解除条件を附したものと解することはできない。他に本件賃貸借契約に控訴人主張のように目的を限定し解除条件を附したことを確認するに足る証拠はない。そうすると、昭和二〇年八月一五日終戦による陸軍の解体に伴い、枚方製造所が廃止されたことは顕著な事実であり、後に認定するように元陸軍省の所管物件であつた本件建物が終戦後被控訴人国の雑種財産に編入され、大蔵省(大阪財務局)に引き継がれ、大阪財務局(現在近畿財務局)が敷島寮と称する建物を戦災者海外引揚者を収容するため大阪府に一時使用の目的で賃貸し、寿湯と称する建物を私人に賃貸し湯屋営業をさせたとしても、本件土地の使用目的が終了し、控訴人主張の解除条件が成就したものということはできないから、控訴人の右主張もまた採用することができない。
次に、控訴人は、昭和二一年五月本件賃貨借契約の賃借人の地位を承継した大阪財務局(現在近畿財務局)が、期間の満了により右契約が同年三月三一日限り消滅したことを確認したと主張するが、成立に争のない甲第一八号の一ないし四(被控訴人は、時機に遅れた証拠であるから却下を求めると申し立てたが、記録に表れた本件訴訟の経過によれば、右書証を提出したため訴訟の完結を遅延せしめるものと認めることができないから、右申立を却下する)は、昭和二一年五月頃控訴人から大阪財務局(近畿財務局)に対し、本件土地の賃料の支払を催告した際、同局大蔵事務官中島正男と控訴人との間でなされた賃料の支払等の交渉に関する書面であるが、同事務官は賃貸借契約の存続を前提とし、昭和二一年四月一日以降は大阪財務局(近畿財務局)との間で契約書を作成されたい旨申入した趣旨であることが、その記載から明らかであるから、右甲第一八号証の一ないし四によつては、控訴人の右主張事実を認めることができないし、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。かえつて、本件賃貸借契約においては、期間を一応一ケ年と定められているが、これは被控訴人国の会計法上の必要から定められているにすぎず、右賃貸借が期限の定のないものであることは、当事者間に争がなく、かつ右賃貸借には借地法の適用があり、堅固でない建物の所有を目的とするものであることが明白であるから、その期間は契約の日から三〇年であつて、昭和二一年三月三一日に満了するものではない。従つて、控訴人の右主張は採用できない。
次に、控訴人は、被控訴人が特約に反し本件建物の一部を無断で譲渡したことを理由として本件賃貸借契約を解除したと主張するので考える。右契約において、被控訴人は貸主の承諾を得ないで賃借権を譲渡したり、本件土地上の建物その他の工作物を撤去しないで第三者に譲渡することができない旨の特約があつたことは既に認定したとおりである。しかし、被控訴人が本件土地の賃借権を第三者に譲渡し又は転貸し、若くは本件建物を撤去しないで他に譲渡したことを認めるに足る証拠はない。もつとも、原本の存在及びその成立に争のない乙第一号証の一、二、成立に争のない乙第八号証、原審証人中村於蒐彦の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、元陸軍省の所管物件であつた本件建物は、終戦後被控訴人国の雑種財産に編入され、本件賃借権とともに大阪財務局(近畿財務局)に引き継がれ、同財務局は昭和二一年七月二七日本件建物中敷島寮と称する建物(原判決添付第二目録記載の一、七六三番地、一、七六四番地上の建物)を戦災者海外引揚者を収容するため大阪府に一時使用を許可し、現在に至るまで戦災者海外引揚者がこれに居住していること、本件建物の内寿湯と称する建物(同目録記載の九七三番地、九七四番地上第二号建物)は、その後私人に賃貸され、湯屋営業がなされていることを認めることができるが、被控訴人国は、本件建物を依然として所有し、本件土地を右建物所有のために使用しているのであるから、前記のように建物を賃貸したことは、何等右特約に反するものでないことが明らかである。従つて被控訴人が右特約に違反していることを前提とする控訴人の契約解除の主張は理由がない。
以上の次第で、本件賃貸借契約は、依然として存続していることが明白であるから、右契約が終了したことを原因とし、本件建物の収去と本件土地の明渡を求める控訴人の請求及び別紙第二目録記載の損害金の支払を求める請求(その内同目録記載(4) の損害金一坪一ケ年金一九〇円中金九六円を超える割合によるものは当審において請求を拡張したもの。)は、いずれも失当として棄却さるべきである。従つて、右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がなく、控訴人が当審において拡張した別紙第二目録記載(4) の一坪一ケ年金九四円の割合による損害金の支払を求める請求も失当としてこれを棄却すべきである。
なお、控訴人は予備的に昭和二〇年一二月一日から契約が解除されたと主張する昭和二一年九月二七日までの一ケ月金三八九円〇八銭の割合による賃料を請求するが、右期間内の本件土地の賃料が、控訴人主張のとおりであることを認めるに足る証拠はなく、前掲甲第一号証、原本の存在及びその成立に争のない乙第七号証の一ないし四によると、被控訴人は、昭和二七年七月四日右期間の一ケ月金八一円一〇銭の割合による本件土地の賃料を大阪法務局に弁済のため供託したことを認めることができ、同年五月頃控訴人と被控訴人との間に和解の交渉があつた際、被控訴人から控訴人に対し口頭による賃料支払の提供があつたが、控訴人は受領すべきものでないとしてその受領を拒絶したことは、控訴人の認めるところである。そして、たとえ当時被控訴人が現実に賃料の提供をしたとしても、控訴人は本件賃貸借の存在を否定しておりその賃料を受領する意思を有しなかつたであろうことは、既に認定したところにより明白であるから、現実に賃料の提供がなかつたとしても、右供託はその効力を生じ、被控訴人はその支払義務を免れたものというべきである。従つて、控訴人の右賃料の支払を求める請求もまた失当として棄却さるべきである。
そこで、民訴法第三八四条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 熊野啓五郎 坂速雄 岡野幸之助)
第一、第二目録<省略>